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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2293号 判決 1994年8月30日

原告

松波啓子

被告

吉川哲也

主文

一  被告は原告に対し、金一八八八万八五八七円及びこれに対する昭和六二年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四八一六万六一九七円及びこれに対する昭和六二年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

日時 昭和六二年一一月一八日午前九時五五分ころ

場所 東京都新宿区霞岳町九番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

加害車 普通乗用車(品川五二さ六三七七)

運転者 被告

態様 被告は、権田原方面から千駄谷方面への三車線の一方通行道路の右端の車線を進行していて、左から右へ道路を横断していた原告が、横断し終える直前の地点で原告に衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

衝突地点付近は右にカーブしている見通し困難な地点で、制限時速が四〇キロに制限されているのであるから、被告は制限速度を遵守するのはもちろん、前方左右を注視し、道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、前方左右を注視せず、しかも七〇キロで進入した重過失により本件事故を発生させたもので、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

3  原告の受傷及び治療の経過

原告は、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、骨盤骨折、顎骨折等の傷害を負い、昭和六二年一一月一八日から同年一二月二九日まで四二日間東京女子医科大学病院脳神経センター(以下「脳神経センター」という。)に入院し、緊急開頭手術を受けた。その結果前額部の骨がない状態になつたため昭和六三年九月二六日まで一九日通院し、昭和六三年九月二七日から同年一〇月二四日まで脳神経センターに二八日間再入院し、人工骨をいれる頭蓋形成手術を受けた。そして平成二年六月二八日まで二五日通院した。さらに原告は前額中央の不整形の挫創治療のため平成元年四月一日から同月五日まで五日間瘢痕形成目的で東京女子医科大学病院形成外科に入院し、前額部縫合処置を受けた。また骨盤骨折の治療のため東京女子医科大学病院整形外科に昭和六二年一一月一八日から昭和六三年二月一一日まで七日通院し、平成二年四月一二日症状固定となつた。

4  損害

(1) 病院からの証明書代

三万七〇〇〇円

(2) 入院雑費

一日一二〇〇円の七五日間九万円

(3) 入院付添費

原告は、夫が初めの入院四二日に付添つたが、歯科医として開業準備中で、昭和六三年の年収は一七三九万一六一五円、一日当たり四万七六四八円であつたから、職業付添人に準じて一日一万円として計算し、二回目の入院は近親者が付添つたので、一日五〇〇〇円と計算すべきである。

一万×四二+五〇〇〇×二八=五六万円

(4) 通院交通費

原告は、自宅から東京女子医科大学病院まで、交通機関は地下鉄(用賀―青山一丁目)が片道二八〇円、青山一丁目からタクシー片道一一四〇円かかり、自宅からの通院回数は、脳神経外科一九回、形成外科一八回、整形外科二回の合計三九回

(二八〇+一一四〇)×二×三九=一一万〇七六〇円

(5) 医師への謝礼

原告は、東京女子医科大学病院の医師数名に対し、謝礼として合計七四万二六九八円を支出したが、原告の重篤な症状からして社会通念上相当である。

(6) 休業損害

原告は、昭和五六年日本中央競馬会の子会社でコンピユーター関連業務を扱う日本トータリゼータ株式会社に入社し、昭和五九年一〇月に結婚した後も勤務していた。本件事故直前は経理を担当しており、事故前三カ月間(昭和六二年八月、九月、一〇月)の給与として合計八六万九三三〇円を得ていた。原告は、昭和六二年一一月一八日から昭和六三年三月二日まで、昭和六三年九月二三日から昭和六三年一二月六日まで、平成元年三月三一日から平成元年五月一〇日まで合計二一九日欠勤した。

事故前の給与日額 八六万九三三〇円÷九〇=九六五九円

九六五九×二一九=二一一万五三二一円

(7) 傷害慰謝料

本件事故の態様、原告の前記受傷の内容・程度、入通院の経過等一切の事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇万円とするのが相当である。

(8) 後遺症慰謝料

原告は、平成二年四月一二日次の後遺障害を残し、症状固定となつた。<1>原告には頭痛、腰痛、顎の痛み、前額部の人工骨の周辺が時々はれたり、痒くなつたりする後遺症が残り、これは後遺障害等級一二級一二号「頑固な神経症状」に該当し、<2>両側の嗅覚が完全に脱失したので、一二級一二号が準用され、<3>前額部に縫合処置を受けたが、長さ五センチ、幅〇・三センチの瘢痕が残り、「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」として七級一二号に該当し、後遺障害は併合繰上げにより六級に該当する。事故後二年以上てんかん防止薬を服用せねばならず、妊娠することができず、子供づくりの計画が狂つたこと、外貌醜状については逸失利益に反映されにくいことなど十分考慮して、一三〇〇万円が相当である。

(9) 逸失利益

原告は本件事故のため平成三年一二月三一日退職を余儀無くされたが、平成二年度の給与所得は六七七万一、三〇八円であり、主婦労働の観点からすれば、嗅覚脱失は明らかに労働能力の喪失であり、労働能力喪失率は前記<1><2>の併合繰上げにより二〇パーセント、期間は六七歳までの三五年間とし、中間利息控除はホフマン式によるのが相当である。

六七七万一三〇四×一九・九一七×〇・二=二六九七万二八二八円

(10) コンタクトレンズとかつら代

本件事故により原告は、装着していたコンタクトレンズを損壊し、三万円のコンタクトレンズを購入した。そして原告は手術後頭髪がない状態であつたので、昭和六三年一月三万円、同年七月一二万円のかつらを購入した。

(11) 損害の填補

原告は、労災保険から一二四万一七三〇円休業補償を受けた。そして被告加入の安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)から四〇万〇六八〇円の内払を受けた。

(12) 弁護士費用 四〇〇万円

請求額の一〇パーセントに相当する額

5  結論

よつて原告は、被告に対し、損害賠償金四八一六万六一九七円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年一一月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因一の事実中被告車が普通乗用車であつたこと、横断し終える直前で衝突したことは否認し、その余は認める。

2  同二の事実中衝突地点が付近がやや右にカーブしていて制限速度が四〇キロであることは認めるが、その余は争う。

3  同三の事実中原告が、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、骨盤骨折の傷害を受けたこと、平成二年四月一二日症状が固定したことは認めるが、その余は争う。

4  同四の事実中(6)の原告が、日本トータリゼータ株式会社に勤務しており、昭和六二年一一月一八日から昭和六三年三月二日まで欠勤したこと、(8)の原告に一二級一二号の「頑固な神経症状」、七級一二号「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」があり、併合六級に該当する傷害を受けたこと、(11)は認めるが、その余は争う。

嗅覚脱失については、平成四年五月になされた自賠責保険の後遺障害等級事前認定において認定されていないし、嗅覚脱失については逸失利益算定に影響がないものである。事故の後も昇給していて休業期間は別として収入の減少がない上、退職と本件事故との因果関係も疑問があり、逸失利益算定の基礎としては賃金センサス第一巻第一表の女子労働者の平均賃金が相当である。労働能力喪失期間も一二級一二号の「頑固な神経症状」であり、馴化等によって労働能力喪失率等が逓減する可能性も大きく、五〇歳までとし、中間利息控除はライプニツツ方式を用いるべきである。

三  抗弁(過失相殺)

衝突地点は、被告が事故当時のことを思い出して実際に走つてみたところ、別紙図面一記載のとおり横断歩道から約二五メートルの地点であり、原告は、横断歩道の側を通りながら、信号待ちをするのを嫌ってこれを渡らず、車道を横断したもので、三〇パーセントの過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、過失相殺の主張は争う。衝突地点について原告は、事故当日に原告の夫が警察から聞いた事故状況の見取図とメモ(甲第一七号証―以下「別紙図面二」という。)に衝突地点右側歩道に縁石、手前に溝、さらにその手前に街灯が表示されていて、事故現場においてこれらの位置関係を確認すると、衝突地点は横断歩道から約三七メートルの地点であり、被告の三〇キロの制限速度違反と対比すれば、過失相殺すべきでない。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因一(事故の発生)の事実中日時、場所、運転者、被告が、加害車を運転して権田原方面から千駄谷方面への三車線の一方通行道路の右端の車線を進行していて、左から右へ道路を横断していた原告と衝突したことは当事者間に争いがなく、右事実に甲第一号証、第一七号証、第一九号証、検甲第一ないし第九号証、乙第二号証、原、被告各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  事故現場は、明治神宮外苑の外周の片側三車線の一方通行道路で、木立が多いものの交通量の多い場所である。被告は、昭和六二年一一月一八日午前九時五五分ころ、普通乗用車(品川五二さ六三七七)を運転し、東京都新宿区霞岳町九番地先の信号機により交通整理の行われているT字路交差点を権田原方面から進行してきて千駄谷方面に向い直進するに当たり、同交差点はやや右にカーブしている見通し困難な道路であるから、四〇キロメートル毎時に規制されている制限速度を遵守するはもとより、前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、三車線の一方通行道路の右端の車線を前方左右を注視せず、進路の安全を確認しないまま、漫然時速約七〇キロメートルで進行した過失により、折から同交差点先の道路を、左方から右方に向い小走りで横断中の原告を前方約三〇メートルの地点に初めて認め、急制動の措置を講じたが及ばず、同人に自車前部を衝突させてボンネツト上に転倒させた。

2  原告は、T字路交差点に信号機のある横断歩道があり、そこに来たとき赤信号だつたが、信号待ちをするのが嫌で、そのまま歩いていつて、車道を横断し本件事故にあつたものである。

3  衝突地点について原告本人は、渡り始めた反対側に街灯があつて、被告車と衝突後縁石の二つ目にぶつかつたと供述しており、原告が横断地点を撮影したと主張している検甲第一号証では、横断歩道から車線のラインは三つ写つていて、別紙図面二に四つ記載されているのと齟齬しており、右写真は被告の別紙図面一の横断地点に近い。

被告は、茅場町の会社から首都高速を通つて外苑ランプで首都高速を下りて前記道路を直進してきて横断歩道の手前(別紙図面一のC地点)で約三〇メートル前方のオ点から一車線位進んだところを小走りに横断している原告を発見し、急制動の措置を講じたが、衝突した。そして衝突直前に<4>の街灯が視界に入つたと供述している。

右原、被告の供述によれば、いずれも街灯付近が事故現場であることを示していること、検甲第一号証の車線のラインの位置、原告が根拠とする甲第一七号証(見取図)自体事故当日警察から事故状況について説明を受けた内容のメモで、その後の被告及び目撃者の供述が反映されていないし、位置、距離関係ともおおまかな略図であること、その上全て誤りなく記載されたかどうか疑問がないわけではなく、衝突地点の略図自体転倒地点を記載したとも見受けられること、被告が三〇メートル前方で被害者を発見したという供述は、略式命令の起訴事実に合致していること等総合すれば、衝突地点は横断歩道から車線のラインの三つ目で横断歩道から約二八メートル離れた街灯付近と認められる。

二  被告の責任原因

前記認定事実によれば、衝突地点付近は右にカーブしている見通し困難な地点で、制限時速が四〇キロに制限されているのであるから、被告は制限速度を遵守するのはもちろん、前方左右を注視し、道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、前方左右を注視せず、しかも七〇キロで進行した過失により本件事故を発生させたもので、民法七〇九条の規定に基づき原告の損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

三  原告の受傷及び治療の経過

甲第三号証の一ないし一〇、第四号証の一ないし一一、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、本件事故により頭蓋骨陥没骨折、脳挫傷、骨盤骨折、顎骨折等の傷害を負い、脳神経センターに昭和六二年一一月一八日から同年一二月二九日まで四二日間入院し、緊急開頭手術を受け、前額部の骨がない状態にした。昭和六三年九月二六日まで一九日通院し、昭和六三年九月二七日から同年一〇月二四日まで二八日間脳神経センターに再入院し、人工骨をいれる頭蓋形成手術を受けた。さらに原告は、前額中央の不整形の挫創治療のため平成元年四月一日から同月五日まで五日間瘢痕形成目的で東京女子医科大学病院形成外科に入院し、前額部縫合処置を受けた。また骨盤骨折の治療のため東京女子医科大学病院整形外科に昭和六二年一一月一八日から昭和六三年二月一一日まで七日通院し、平成二年四月一二日症状固定となつた。

四  損害

1  文書費 三万七〇〇〇円

甲第四号証の一ないし一一、原告本人尋問の結果によれば、原告は、文書費として、三万七〇〇〇円を要したことが認められる。

2  入院付添費 三五万円

甲第三号証の一ないし一〇、原告本人尋問の結果によれば、原告は一回目と二回目の入院の際、病状からして付添の必要があり、一回目は夫、二回目は、原告の親が付添つたことが認められるところ、入院付添費は一日五〇〇〇円とするのが相当であり、三五万円となる。

原告は、夫が付添つた四二日分について、歯科医として開業準備中であつたとして、職業付添人に準じて一日一万円として計算すべきであると主張するが、原告本人尋問の結果によれば、夫はその間勤めていたことはないというのであるから、失当である。

一日五〇〇〇×七〇=三五万円

3  入院雑費 九万円

前期認定のとおり原告は、合計七五日入院したところ、入院雑費としては一日一二〇〇円が相当である。

一二〇〇×七五=九万円

4  通院交通費 一〇万五〇八〇円

甲第三号証の二、三、五ないし九、第六号証、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、自宅から東京女子医科大学病院まで、東急新玉川線用賀駅から渋谷駅まで、渋谷駅から地下鉄で青山一丁目まで片道二八〇円、青山一丁目からタクシー片道一一四〇円かかること、自宅から症状固定した平成二年四月一二日までの通院回数は、脳神経外科一七回、形成外科一八回、整形外科二回の合計三七回であることが認められるので、通院交通費は次のとおり一〇万五〇八〇円となる。

(二八〇+一一四〇)×二×三七=一〇万五〇八〇円

5  コンタクト及びかつら代 一八万円

甲第一三、一四号証、第一八、一九号証、原告本人尋問の結果によれば、コンタクトが壊れたため三万円のコンタクトを購入し、手術後頭髪がない状態であつたので、昭和六三年一月二万五〇〇〇円、同年七月一三万円のかつらを購入したことが認められるが、かつらについての請求額は一五万円であるから、その限度で認めるのが相当である。

6  医者への謝礼 一〇万円

甲第七号証の一ないし二〇、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、大学教授や医師等に対し商品券や中元、歳暮等を行い、七四万一六九八円を支出したことが認められ、前示の原告の傷害の程度、内容等に照らすと、本件事故と相当因果関係がある損害としては一〇万円が相当である。

7  休業損害 二〇六万九三三一円

甲第八号証、第九号証の一、二、第一九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、以前保育園の保母をしていたが、昭和五六年日本中央競馬会の子会社でコンピユーター関連業務を扱う日本トータリゼータ株式会社に父の姉の夫が常務取締役をしていたことから縁故採用され、昭和五九年一〇月に結婚した後も勤務していて、本件事故により昭和六二年一一月一八日から昭和六三年三月二日まで、昭和六三年九月二三日から昭和六三年一二月六日まで、平成元年三月三一日から平成元年五月一〇日まで合計二一九日欠勤を余儀無くされたこと、本件事故直前は経理を担当しており、事故前三カ月間(昭和六二年八月、九月、一〇月)の給与として合計八六万九三三〇円を得ていたので、休業損害は二〇六万九三三一円と認められる。

事故前の給与日額 八六万九三三〇円÷九二=九四四九円(円未満切捨)

一日九四四九円×二一九日=二〇六万九三三一円

8  逸失利益 一一八〇万九〇二五円

甲第一九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三二年五月六日生の女子であり、勤務時間は通常午前九時から午後五時までであつたこと、本件事故後、復職した昭和六三年三月三日から午前一〇時から午後四時までの軽勤務にしてもらつたが、平成元年九月一日から通常勤務に戻つたこと、事故前の昭和六二年は、年休を使つていなかつたため、昭和六三年には前年の繰越分も含めて四〇日の年休があつたが、昭和六三年以降は定期的に休まないと体が持たない状態となり、年休を完全消化していたこと、遅刻もよくあり、約二年間通常勤務をしたが、体調が回復しないので、やむなく平成三年一二月三一日退職したこと、事故後はほとんど競馬場に派遣される開催勤務ができず、一日三五〇〇円の開催手当てが支給されなかつたこと、しかし平成三年一二月三一日退職するまで年収は増加していたことが認められる。

したがつて退職時の年齢である満三四歳から六七歳まで逸失利益を認め、その基礎収入は平成二年の実収入である六七七万一三〇八円、労働能力喪失率は、一四パーセントとし、中間利息の控除はライプニツツ係数により、事故日から六七歳までの期間のライプニツツ係数から退職までの四年間のライプニツツ係数を差し引いて計算するのが相当である。

六七七万一三〇八×〇・一四×(一六・〇〇三-三・五四六)=一一八〇万九〇二五円

原告は、逸失利益の基礎収入として女子の平均賃金ではなく、就業中の平成二年の六七七万一三〇八円を主張する一方、嗅覚脱失については主婦労働の観点から明らかに労働能力の喪失があり、後遺障害等級一二級一二号「頑固な神経症状」とともに労働能力喪失率を二割とすべきであると主張しているが、嗅覚脱失については、事前認定を受けていないが、アリナミン静脈注射検査をした結果嗅覚脱失と診断されたこと(甲第二〇号証)、したがつて嗅覚脱失が認められるが、前記のとおり就業中の収入を基礎として逸失利益を算定しているのであるから、労働能力喪失率についても、生活上の不便の基準ではなく、労働能力に影響を及ぼすかどうかという観点から判断するのが相当であり、嗅覚脱失は労働能力に影響を及ぼすものではないから、頑固な神経症状の労働能力喪失率を超えた労働能力喪失率を認めることはできない。

また労働能力喪失期間について被告は、五〇歳までと主張するが、原告の一二級一二号の「頑固な神経症状」は頭蓋骨骨折、脳挫傷になり、その傷害の後遺症であるので、採用できない。

9  入通院慰謝料 一五〇万円

後遺症慰謝料 一〇〇〇万円

本件事故の態様、入通院の経過等一切の事情を考慮すると、入通院慰謝料は一五〇万円とするのが相当である。そして後遺症慰謝料については、原告は、外貌醜状、嗅覚脱失を考慮して一三〇〇万円とすべきであると主張するが、甲第一九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は親戚が役員であつたため、従来の保育園の保母の年収より飛躍的に高給の日本トータリゼータ株式会社に縁故就職し、本件事故後三年で退職し、その後は主婦として家庭にいることが認められるところ、夫は歯科医であつていずれは専業主婦となる可能性もかなりあつたと推測されるが、退職後の逸失利益についても、女子の賃金センサスではなく右高収入を基礎として算定していること等総合すれば、一三級以上に該当する身体障害が二以上ある時は、重い方の身体障害を一級繰り上げることによつて併合六級と認定された原告の後遺症慰謝料は、一〇〇〇万円とするのが相当である。

五  過失相殺

前記認定事実によれば、本件道路は幹線道路に類するものと認められるところ、原告は横断歩道に来た時赤信号だつたが、信号待ちをすれば安全に横断できるのに、信号を待たなくても、片側三車線の一方通行道路を横断できると思い、事故現場で、道路を小走りに横断したこと、他方被告は四〇キロ制限のところを七〇キロで進行していたことを考慮すると、原告には本件事故の発生につき二割五分の過失があるものと認めるのが相当である。

よつて、原告の前記損害額の合計二六二四万〇四三六円から過失相殺として二割五分を控除すると、その残額は一九六八万〇三二七円となる。

六  損害の填補 二四九万一七四〇円

原告が、労災保険(三田労働基準監督署)から一二四万一七三〇円休業補償を受け、被告の保険会社である安田火災から四〇万〇六八〇円の内払を受けたことは当事者間に争いがなく、乙第一号証の一ないし一〇によれば、安田火災が東京女子医大に対し部屋差額等として八四万九三三〇円を支払つたことが認められるので、原告は、合計二四九万一七四〇円の支払いを受けており、これを差し引くと、損害残額は一七一八万八五八七円となる。なお甲第一五号証の一ないし三によれば、原告は、休業特別支給金として合計四一万三九一〇円を支給されているが、これは損害の填補とはみられないので、差し引かないこととする。

七  弁護士費用 一七〇万円

原告が、本訴の提起、追行を原告代理人に委任したことは、本件記録から明らかであるところ、原告の請求額、前記認容額その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用は一七〇万円が相当である。

八  結論

そうすると、原告の被告に対する本訴請求は被告に対し、一八八八万八五八七円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年一一月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大工強)

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